ごんさんぽ

なんかまとめたいときに使いたいです

はじめての琵琶湖/2019.9.9

18切符が2スタンプ分余っておりまして。

曽我物語旅をしたときの往復分で恐らく元は取れているのですが、空白あるのが勿体ない!ということで、18切符の期限ギリギリで旅に出ました。

 

愛知県民ですが、滋賀って結構近いはずなのに行ったことがなく。ただただ、琵琶湖見てみたい!の気持ちで、電車で琵琶湖一周してきました。ついでに横断もしてきました。

 

 

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乗り換えでよくお世話になる米原

 

 

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車窓から。よい天気でした。

琵琶湖が見え始めるとテンションが上がってしまいます。(山も海も湖も大きな川も無いまちに住んでいるので、それらが見えるだけで旅してる気分になる安い旅人です)

 

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途中にありました虎姫駅

気になって調べたら、「虎」とつく駅名はここだけだそうです。

虎姫伝説とやらがあり、町おこしのためにやたら虎がたくさん飾ってあるそうです。

 

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琵琶湖のてっぺん(?) 一番北のところにある駅で乗り換えです。

湖西線おススメツイートをお盆の時期に見て、行きたいなあと思ったのもこの旅のきっかけでした。

 

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湖近い!

 

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堅田駅で途中下車です。かただ と思ったら かたた なんですね。

 

琵琶湖方面に向かって歩いていきます。

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琵琶湖だ〜〜!!

 

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ひたすら撮ってましたね…

とてもよい天気でした。暑かったです。

 

 

そして、まず第一の目的地が見えてきました。

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湖につきだした建物が!

 

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満月寺、です。

そして、その湖につきだした建物がお堂になっていて、浮御堂と呼ばれています。

 

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松の下をくぐって、靴を脱いでスリッパに履き替えてお堂にあがります。

 

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最高。

 

180度琵琶湖です。お堂の屋根で日陰になっている上に湖からの風が涼しく、心地よかったです。

お堂なので手を合わせてお参りをし、しばらく涼んでおりました。

 

御朱印をいただけたときに受付の方とお話しまして、愛知から来ましたと言ったら、愛知から来る人すごく多いとのことでした。

 

 

満月寺を出まして、またてくてく歩いていきます。

 

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大きめの神社を見つけたので立ち寄って手を合わせたり。

 

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お腹が空き過ぎていたので、和菓子屋さんに立ち寄って、旗が出ていた「パイナップル大福」をいただきました。

すごく美味しい。暑い夏はパイナップルに限る…

大福とパイナップルが合うのかという話ですが、私は全然気にならなかったです。大福も美味しいしパイナップルも美味しい(カレーと牛乳を同じタイミングで食べたり飲んだりできる人です…)

 

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またてくてくあるくと、灯台が。

明治時代の初めに建てられた、木造の灯台です。木造なのは珍しいのだとか。

雰囲気があってステキでした。

 

 

そして、またてくてく歩きます。

歩きたい場所がありまして……それは!!

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橋を渡って琵琶湖を横断したい!

 

ということで渡ろうとしたのですが迷子になりまくって疲れたので、道の駅で休憩しました。

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1階はお土産やら食堂やら、2階は無料休憩所になってました。お水をいただいて一息つきます。

 

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展望台があったので今から渡る橋を眺めます。

 

 

出発前にバイト先で琵琶湖を見てくると話したところ、琵琶湖バレイだか琵琶湖テラスだか、とても映える!場所があると教えてもらったのですが、

無料休憩所にそのパンフレットがあったので見てみましたら、18切符で移動する貧乏大学生が行くような場所じゃなかったです。キラキラOLが土日休みにキャッキャするような場所でした。キラキラOLになれたら行ってみたいです。

 

 

さて渡ります。

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琵琶湖大橋です。

 

歩道はあるんですが、車道との間の柵がなくてちょっとこわかったです。

橋の長さは1.8kmくらいでしたかね…

ちなみにここ有料道路で、車両で通ろうとすると橋渡った先に料金所がありました。

 

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広ーい!!

橋の真ん中あたりに展望できるスペースがありました。

 

二車線だったのですが、右側の道路が車が上を通ると音が鳴る形式のもので、右車線を車が通るたびに何かしらの音楽が鳴ってて面白かったです。なんの曲だったんだろう。

 

 

渡り終えまして、

第二の目的地

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ピエリ守山です。大きめのショッピングモール。厳密にはショッピングモールに併設されてる銭湯に行きたかったのです。

無事に温泉入れました。いや〜〜温泉最高ですね。

露天風呂あって、琵琶湖見れるかなと思いましたが別に見れなかったです。

壺湯はよいですね… 壺の縁に頭と腕と脚をかけてずっと空を見上げていました。あまりにも休日でした。

 

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銭湯の後は必ずコーヒー牛乳マンです。1本じゃ足りなくて本当はあと5本くらい飲みたいところでしたが、妥協してもう1本だけ飲みました。美味しい

 

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休憩場所のベランダからは琵琶湖見れました。

(ごんを隣の椅子に置いたら忘れてベランダから出て行ってしまい、そのあと追いコーヒー牛乳をして、さて帰るか〜のタイミングでごんがいないことに気付いて戻った時の写真2枚です。10分程度、お利口に琵琶湖を眺め佇んでいました)

 

帰りは1時間に一本出ている無料シャトルバスに乗って堅田駅に向かいました。

そして京都に向かい、今回の旅は終わりです。

 

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この日は台風一過で、どの地方も夕焼けが綺麗に見えたそうですね。

 

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京都駅でお茶漬けが食べたいな〜〜と思ってたら行列できてたお茶漬け店があったので並んでしまいました。おいしかったです。

 

 

おわり

曽我物語巡り旅 3日目①

目次

 

 

1日目

2日目

↑リンク繋がっています

 

 

3日目です。

郷土資料館は本当は2日目に行きたかったのですが、寄り道しまくって迷子になりまくったせいで時間がなくなったので、3日目の午前中に参ります。

最寄駅は箱根湯本駅です。

 

 

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駅から歩いて10分程で到着します。

 

常設展は、箱根が如何にして温泉地になったのかという解説でした。時代的には江戸〜近代です。本気で病気なおそうとしたら1ヶ月くらい温泉入り続けなきゃいけないんだな………私も毎日おんせんはいりたいな

 

お目当ては企画展です。箱根が舞台になった古い物語の展示で、坂田金時(金太郎)、曽我物語(主に五郎)、箱根霊験躄ノ仇討(飯沼勝五郎)の3つが取り上げられていました。曽我物語の浮世絵、やたら歌川の絵師さんが書いているのはなぜだろうか…。曽我るるぶ*1のはじめの、カラーのページに載っているものを生で見ることができました。

 

箱根霊験躄ノ仇討、ここで初めて知ったのですが、この物語も中々凝っているというか 日本の昔の物語…面白いの多いな……!と感じました。

勝五郎の奥さんが中々大変というか頑張ってたというか可哀想だったというか でも無事に敵討できたようでよかったです(ネタバレ)

 

 

 

 

 

郷土資料館から歩いて早雲寺というお寺に行けるということで、行こうとしたところ盛大に迷い、謎の林に迷い込んで引き返したりしてやっとこさ辿り着きました。

曽我物語とは恐らく関係無いので飛ばしますが、今この寺のHP検索してみたらなんかすごくカッコよかったのでリンク貼っておきます。

www.souunji.jp

 

お寺とか神社のHPって、昔ながらのキリ番ありそうなつくりのものとか、パソコン用とスマホ用でちゃんとサイト作り分けられててスーーッと画面切り替えされるようなカッコいい最新のつくりのもの(語彙力が無…)とか、色々あって面白いですよね。

不思議なのが、寺社のHP、古いつくりのものも新しいつくりのものも、ワンクッション置いてること多い気がするんですよね。[入る]押さないとメイン見れない感じの。早雲寺のサイトもそうですけど。何でだろう。

 

 

だいぶ話が逸れましたが、そこからどうやって駅に戻ろうかな〜〜とGoogleマップを検索していたところ、正眼寺という寺が目に入って口コミを見たところ、「曽我兄弟の供養塔があります」という文字が………行かなきゃじゃん!!

確かここ、曽我るるぶ*2に載ってなかったんですよね。…見逃してただけかもですが。でも私の予定ルートには入ってなかったので、危ねえ〜〜!見つけてよかったー!!と安堵しながら向かいます。

 

 

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正眼寺

 

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箱根山の地蔵信仰の中で生まれた寺とあります。そういえば、昨日の元箱根の石仏群も同じ由来ですね。しんどい箱根を越える人間を救うために、中世この地では地蔵信仰が栄えたとのことです。

 

このお寺の本堂の裏、山になっており、見渡す限りのお墓!お盆より少し早い時期でしたが、家族でお墓詣りに来ているのを見かけました。そういえば泊まった宿の地元の方に、この辺の人たちはこの時期にお盆に行く習慣になっていると聞いたような……。

 

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まずは曽我兄弟の供養塔

※逆光で供養塔の文字が見えづらかったので写真を加工しまくったら、もちもちマスコットが不自然に合成みたいに写り込んでしまいました。

先ほどの案内板によると、「江戸前期、冬木屋上田家が建立した供養塔。」とのことで。

冬木屋上田家とはなんじゃらほいということで、検索したら

tesshow.jp

がヒットしました。こちらの方ですかね。ここにお墓もあるようです。

 

 

 

次に墓を縫って上へ上へと上り、

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曽我堂

 

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曽我堂縁起によると、これは曽我兄弟の親類縁者によって建てられたものだということです。親類縁者……どの辺りの親類縁者なのだろうか………。

 

そして、なんと兄弟が地蔵菩薩となって存在しているようです!神にも仏にもなっていますよ曽我兄弟…(神については2日目の曽我神社を参考)

神様仏様曽我兄弟様ですね。仏様は一般公開も行われているようです。

そういえば、1日目の曽我八幡宮のほうでは、兄弟の神像があるようですね。こんがらがってきました……曽我兄弟一体何者なんだ………(?)

 

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また、側には歌舞伎関係者さんのお名前が書かれている奉納品が。

 

 

墓を下ったところに、

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曽我五郎の槍突石。です。

※逆光で石碑の文字が見え辛く(以下略)

 

案内板によると、「曽我五郎が病回復の証に、槍で突いたと言い伝えの残る石で、江戸時代までは箱根旧街道筋の槍突沢にありました。」

病…… 五郎くんいつ病気に……!おぼえがないぞ…… しかし病み上がりで、どれくらい力が戻ったかなとまず石を突いてみるあたり、五郎の怪力具合がすごい逸話。

槍突沢をGoogleマップで検索してみると、ヒットせず。消えてしまった地名なのですかね…。

 

この石碑が色々とよくわからないので検索をしてみたら別の色々な情報を見つけました。

いずれもソースが載っていなかったのであんまり大きな声でいえませんが、曽我堂は虎が建立しただとか、このお寺を出てすぐのところに兄弟の生家があっただとかいう情報を手に入れました。生家…マジか……(推しの生家に弱いオタク) いやでも生家ならもっと町も推すはずな気がする。でも町で全然その文字見かけなかったものな…… 真実やいかに。

あと、先ほどの冬木屋上田家の件ですが、このお寺が戊辰戦争で燃えて無くなってしまった(曽我堂も燃えたらしいですが兄弟の菩薩は無事だったようです)ときに冬木屋上田家の援助により再建されたということもわかりました。

 

 

ウーン 箱根町史とか漁らないといけないかな〜〜!!掘り下げ甲斐がありそうです。

 

 

 

 

この後、箱根湯本駅に戻って電車に乗り、小田原で乗り換えて下曽我という駅に向かいます。

河津の父が亡くなり曽我の父に引き取られた兄弟はこの下曽我の地に移り住み、どう敵討をしようかとコソコソ話をして雁の家族を眺める幼少時代を過ごしますが、今回の記事が文字数多くなってしまったので、ここで一旦キリをつけます。

 

 

続く

 

*1:曽我物語 (物語の舞台を歩く)』坂井 孝一 山川出版社

*2:曽我物語 (物語の舞台を歩く)』坂井 孝一 山川出版社

名古屋をうろつく 2019.8.12

用事があったので名古屋に出向いて、ついでに色々してきましたという日記。

 

 

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名古屋市博物館に行きました。

スヌーピー展やってました。すごい混み具合。12時ごろに到着しましたが、30分待ちの看板が。

ヒエ……( 。 。) と思い、2階の常設展で時間を潰します。(常設展は特別展のチケットで入れます)

 

 

そこでもちょっとした企画展をやっていました。昔ながらのゲームの展示。しかも遊べる。タダで。

いつもは静かな常設展がゲームと子供の声で賑やかでした。

昔の喫茶店にあったインベーダーゲームだとか、私も幼き頃に遊んだことのあるワニワニパニックだとかが置いてありました。面白そうでしたが、一人だったので、一人でやるのもな…と思ってやめてしまいましたが誰かと行ってたら遊んでた…

ゲームの楽しさに今も昔も無いんだな!と感じましたね。大人も子供も楽しんでいた展示でした。

 

 

 

 

16時ごろにやっとこさスヌーピーへ。

写真は撮ってOK(動画はだめ)ということだったので、パシャパシャ撮らせてもらいました。

 

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スヌーピーってよく知らなかったんですけど、

意外と人間の登場人物の数多いな〜とか、

ちっこい鳥いっぴきいっぴきに名前ついてるんだ〜とか、色々初めて知りました。

数ある登場人物の中では、真面目で頭のいい女の子と、不真面目な感じでちょっとお馬鹿さんな女の子が大親友という、二人はとても可愛いな〜と思いました。

内容もなんだか哲学的というか、考えさせられるギャグというか、そんな感じの話なんですね。

 

 

ちっこい黄色い鳥はとても好きなので、たくさん撮りました。

 

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かわいい。

 

 

グッズの量がすごかったです。グッズコーナーも展覧会の一部なんだろうなという感じ。可愛いかったです。

私はその時の財布の中の全財産が3桁だったので何も買い…買えませんでした。

 

 

外に出たらお庭に列が。スヌーピーのお家と写真を撮る列でした。

私もちゃっかり並んでパシャリ。

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お次は、栄へ向かいます。

 

ずっとやりたいことがありました。

ごんと貢茶のツーショットを撮ることです。

 

ところで、

さっきから写真に写り込んでる狐は「ごん」といいます。新美南吉記念館出身なのでごんです。とあるゲームに出て来る帽子をかぶっています。

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麦わら帽子は夏仕様です。

 

ごんとごんちゃを並べて撮ることはかねてよりの願いでした。ごん of the ごん。ごんごんのためにいざならびます。

 

オアシス21の下のところです。

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並んでたらメニュー配られました。期間限定の美味しそう!しかし初めて来たので定番のやつ… 定番のやつってなんだ…

 

とりあえずメニューに載ってたタピオカ入ってるやつを、これをそのままください!と言って注文しました。

 

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ごんごん。

 

ブラックミルクティーとパールのやつです。

美味しくて一瞬で飲んでしまいました。よくコンビニで買って飲むミルクティーより、なんというんでしょう 濃いめといいますか 説明には深みが云々…とあった気がするんですが、喉に残る感じ 食リポが下手 美味しいことは確か

 

タピオカの飲料飲むたびに毎回なるんですが、先に飲料飲んでしまってタピオカ残るのって、よくタピオカの飲料飲む人どうしてるんでしょう。でかい氷に紛れて吸いにくいですし!と言いつつ完食し、暑かったので氷もゴリゴリいただいたら寒くなりました。

 

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今度は、期間限定のやつも食べたいですね。

 

 

 

写真撮ったやつはこれでおわりですが、そのあと名駅に行って東急ハンズに行ったり、グラフアートのお店行って推しのグッズを探したりしていました。

 

 

またどっかいったら書きにきます。

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おわり

曽我物語巡り旅 2日目

 

 

目次 

 

 1日目はこちら

ichijiku0801.hatenadiary.jp

 

 

  •  曽我兄弟 、虎御前の供養塔

 

2日目の朝です。

小田原駅から箱根登山鉄道に乗り、箱根湯本駅で乗り換え、小涌谷駅に降り立ちます。

本当は小涌谷駅からでも箱根湯本駅からでも、小田原駅からでもバスに乗って直行で箱根神社行ってもよかったのですが!

歩くのが好きなので歩きます。

 

小涌谷から20分ほど歩いたところに、滝があり、そこから山道に入って、草履で登山をしました。その山道こそ、「湯坂路」という頼朝が箱根神社に参詣するときに使った道なのですが、そのへんは曽我物語とは関係ないのでまた別の機会に。(実は曽我物語、1/3くらいは頼朝の話だったりするので関係なくは無い)

 

湯坂路を抜け出して、1号線(東海道)に出ます。

またしばらく歩き続け、ずんずん歩き、1号線の中で一番標高が高いという看板が見えて、おお〜と思っていたところで、遂にお目見えしました。

突然現れたので、思わず声が出てしまいました。

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曽我兄弟と虎御前の供養塔です。

向かって左二つが兄弟、右が虎御前です。かなりでかいです。

 

…どうやら説明書きを写真に撮り忘れました!

ので、記憶と曽我るるぶ*1に頼って説明いたしますと、

このあたり一帯、この供養塔以外にも沢山石仏があります。

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Googleマップのスクショです。スクショの表示以外にもたくさんあります!

鎌倉時代後期以降に作られた石仏が集まっており、名称としては「元箱根石仏・石塔群」になります。スクショの左側に見える池、精進池と言うのですが、そこが箱根越えの難所の一つで地獄池と呼ばれており、その地獄から人を救うために沢山石塔が建てられたとか。

 

写真の「曽我兄弟の墓」も「多田満仲の墓」も、初めは曽我兄弟のために、多田満仲のために造られたものではなかったそうで、それがいつしかそのように言われるようになり、江戸時代では完全に定着していたようです。

忠臣蔵で有名な大石内蔵助は、この供養塔の苔をお守りの中に入れて敵討に挑んだそうな…。

 

今は敵討と言えば忠臣蔵って感じですが、江戸時代以前は曽我物語が大人気で、二つ並んだ供養塔とその側に寄り添うようにある供養塔は当時の人には兄弟と虎に見えてしまうものだったのかなあと思いを馳せておりました。推しに見えちゃう病。わかる。

 

 

そして、今回の旅の一番の目的であった、箱根神社に参ります。

また一号線を下っていきますが、このまま普通に下り続けるの面白くないな!と思って見つけた山道に入って後悔などしていました。

 

 

  • 矢立の杉 箱根神社 曽我神社 兄弟杉 宝物殿

 

迷子になりながら、無事に(?)箱根神社に到着します。

流石、人が沢山です!私は恐らく此処にいるだれよりも苦労して箱根神社に辿り着いたんだぞという謎の達成感と優越感に浸り、疲れながら境内へ。

 

まず、見えてくるのが大きな杉。

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矢立の杉といいます。

坂上田村麻呂蝦夷を討伐しようとする際に祈願として矢を刺していった杉らしく、それに倣って色んな有名な武将が何かを遂げる前に矢を刺していった逸話があります。

例に漏れず兄弟も、覚悟を決めて箱根の別当に挨拶に行った際だったでしょうか、矢をぶっ刺していったような描写があった気がします。

 

 

杉の向かいにある御手水で手を洗い、御朱印帳を社務所に預け、鳥居をくぐって階段を登っていきます。

 

その階段を登りきる手前!左手にあるのが!8割方はスルーしていきますが我々はこちらが目的なようなもんです。

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曽我神社。曽我兄弟を祀っています。

昨日の曽我八幡宮では、主神は応神天皇で、兄弟は相殿として祀られていましたが、

こちらの神社では兄弟が主神です。ソガジュウロウスケナリノミコトと、ソガゴロウトキムネノミコトですね。

 

由緒によりますと、元々この神社の稚児であった五郎の霊を慰めるために祀っていたのが、江戸時代になって小田原城主が曽我神社を建立した、とあります。

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また、曽我兄弟の活躍に倣って、この地で居合道の大会が行われているようです。

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そしてこの曽我神社を出て左に曲がり、箱根神社本殿に向かおうと思いきや!

右手にこちらが。

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兄弟杉

今は根元しか残っていませんが、五郎が箱根神社の稚児の頃にこの杉を相手に剣術を磨いていたという逸話が残っています。

そういうの残ってるってことは、剣の鍛錬してたことが仲間や師匠にバレバレだったんだな…(-ω-) とか、10年も相手が木とかで誰かに教えてもらうわけでもなく、実戦経験がない中でそんな上手くなるもんなのかしら……執念だな……などと杉相手に妄想を巡らせながら、

やっと階段を登ります。

 

 

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やっと辿り着きました、箱根神社

五郎が箱根権現に寺入りする以前に、兄弟の実の父(祐経に殺された方)河津三郎が篤く箱根権現を信仰していたとのことで、五郎くんの幼名の筥王(箱王)の箱も箱根権現から取ったとかという、とても縁の深い神社となっております。

箱根権現を信仰していた父の菩提を弔うために箱の名前を冠して箱根権現入るの、すごい弔えそう(?)と思いますね。当の本人は人殺しを念じながら剣の鍛錬をしているわけですけれども。

 

旅の安全と新たな旅のご縁のお導きをお祈りして手を合わせ、宝物殿へ向かいます。

 

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宝物殿の写真撮り忘れたので、神社の麓にあったご飯屋さんで食べたおもちを載せておきます。美味しかったです。

 

 

箱根権現絵巻など重要文化財な宝物がたくさんありますが、

曽我兄弟に関係あるもので今回拝観できたのは赤木柄短刀です。

これは、箱王が箱根権現の稚児のときに仇の工藤祐経が箱根権現に訪ねてきて会ってしまい、そのときに箱王が祐経から貰ったのがこの短刀です。箱王にとってかなりそれが屈辱的だったようで、この出会いから絶対敵討するマンとして成長していくのですが、敵討を遂げた際にトドメを刺したのはこの短刀だったという逸話が。かつての主を殺した刀ってのも凄いですね(審神者目線の感想)

逸話が本当かはどうかとして、この短刀の本物は実際に残っているそうで、しかしもうかなり原形をとどめてない感じになっちゃってるらしいので、展示されてるのは模造刀です。それにしても年季が入っていました。

 

これは御朱印いただいたときに挟んで貰った箱根神社パンフです。

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膝丸くんだー!!(推し)

 

そういえば今年の初めに東京でこの薄緑の展示ありましたよね。観に行けば良かった……ッ、まさかいや、半年後に自分がこんな状態になるとは思わないじゃないですか…

museum.kokugakuin.ac.jp

 

また展示があったら絶対に拝観しに行きたいと思います。

 

 

話が逸れてしまいましたが、その他にも歌川広重の描いた曽我物語の浮世絵、特にこの箱根権現に所縁のあるシーン、箱王と祐経が出会っちゃった場面の絵が展示されておりました。

 

 

これにて2日目は終了です。

帰りは山道には戻らず、バスに乗って小田原へ…。

 

 

続く

*1:曽我物語 (物語の舞台を歩く)』坂井 孝一 山川出版社

曽我物語巡り旅 1日目

 

 目次

 

 前書きは読み飛ばしてください。

 

 

  • 前書き

 

突然ですが私は刀剣乱舞のミュージカルが好きでして、2019年の7月ですね、推しのキャラクターがどうやら曽我物語をモチーフに舞台をされると。

どうしてもチケットを入手して観劇をしたかったのですが、残念な結果となり、それはいいとして(よくないんですけど)ライブビューイングのチケットはなんとかもぎとりましたので、

それを楽しみに、予習をしよう!ということでこちらの本を読みました。

 

https://www.amazon.co.jp/曽我物語-現代語で読む歴史文学-西沢正史/dp/4585070656

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めちゃめちゃおもろい。

え〜兄弟…  仲良き兄弟は美しきかな…  かわいい… すてき…(語彙力…)

とにかくとっても面白かったわけです。なんとなくナヨっとした兄(すぐ誤魔化したりする)だけどいざというときは頼もしさを見せる兄と、頑固一徹で兄と一緒に敵討を遂げることしか考えてない弟がとんでもなく良かったです。

 

無事にライブビューイングも観劇し、本で読んだ現代語訳と公演を比べながら考察・妄想を深める日々…

そして、公演に出てきた瞽女が言う「令和の世までこの物語を語り継ぐ」という旨が、この公演のテーマの一つ。

それを受けて、私にできることは、

 

そうだ、曽我物語巡り旅しよう

 

鉄は熱いうちに打て が最近のモットーの私。曽我兄弟という字面だけで萌えられる今だからこそ、行くしかない!

18切符を片手に、まずは静岡県富士宮市に参ります。

 

 

また、巡る際に大変参考にさせてもらった本がこちら。

 

www.amazon.co.jp

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もうほぼこの本の内容に沿って動いています。曽我物語のあらすじと、難しい単語の細かい説明も載っていてわかりやすかったです。おすすめ。

 

 

そして、案内役?として、例の公演の衣装を着せられたもちもちマスコットのひげきりとひざまること、いちまんくんとはこおうくんに登場してもらいます。

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よろしくお願い申し上げる!

 

 

 

東海道本線富士駅に到着、乗り換えして身延線に乗り富士宮駅へ。そこからバスで一本、かの有名な白糸の滝へ向かいます。

 

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白糸の滝。涼し過ぎて住みたかったです。

 

今回白糸の滝は本命ではなく、お目当はこちら。

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白糸の滝に向かう道のりの手前にございます、音止のです。

 

このあたりは、物語の終盤、富士の裾野のあたりになります。敵討を遂げたところらへんです。

兄弟が敵討に向かう直前に相談をしていたところ、滝の音がうるさ過ぎて、兄弟が 滝もこっちの事情考えやがれ! 的な感じのことを呟いたところ、なんと音が止まったという逸話があるとか。

たしかに、物凄くゴウゴウと大きな音です。

白糸の滝が女滝、音止の滝は男滝と称されるようです。それくらいの力強さ。

 

さて、その兄弟が相談していたという場所が、音止の滝から歩いて4,5分くらいのところにありました。

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曽我の隠れ岩

 

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コソコソ……

 

ここで相談をしていたということですが、水の音は聞こえるものの

……滝の音が聞こえない。

ゴウゴウな迫力な音はこの岩の位置から聞こえません!あれ?

音止の滝として流れ落ちる川のせせらぎは聞こえるんですけどね… その川に架かっている橋がこちら。

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滝の音…聞こえないぞ… 兄弟が音を止めてからあの場所からは音が聞こえないようになっているのか…?

と様々思考を巡らせながら歩くこと1分。

 

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工藤祐経の墓

このあたりで討たれ、葬られたとの逸話です。本当の墓かどうかは  ? です。墓というよりも、供養塔って感じです。これから出てくる墓と称されたところも、全てそんな感じです。地域の人々の鎮魂の思いから生まれた供養塔… みたいなのがたくさんです。

この工藤祐経の墓は、ちゃんと後ろに盛り土がしてあって大きめの石が乗っかっておりました。

 

それにしても、当時はそんな滝の近くに屋敷があったんですね… 私が読んだ現代語訳には滝の描写は無かったと記憶していますが、当時はあまり有名ではなかったのだろうか…と思いを巡らせつつ。

 

ここから、バスに乗っても良かったのですが1kmちょっとの距離でしょうか、歩きまして次の目的地に参ります。

 

 

 

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今回の旅で曽我八幡宮に二社行きますが、そのうちの一つ、富士宮の方の曽我八幡宮です。

こちらは、兄の十郎が討たれたあたりだそうで、頼朝が畠山重忠に兄弟の英魂を祀らせるように遣わして住人に祀らせた、という社伝があるそうです。

 

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いくら屋敷が大きくても、祐経討ったところから十番切りして兄が討たれたところまで1kmは離れてないだろ、と思いながら、

 

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歩いていき、林の中へ上がっていく階段を登っていきますと、

 

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供養塔が。

こちらも墓と銘打つ看板もありますが、地域の人々の兄弟への鎮魂の祈りから生まれた供養塔だそうです。

手を合わせて目を瞑ると、さわやかな風が流れてきて、小鳥のさえずりが聞こえてきます。

 

 

1日目はこれで終了です。

富士宮駅と同じ身延線の駅で、入山瀬という駅があり、そこも曽我兄弟スポットがあるのですが時間がなくなってしまったので、後に回します。

私たちは今回の旅の拠点、小田原へ向かいました…

 

 (これはどうでもいいのですが、この日の曽我八幡宮あたりでもちマスいちまんくんのお団子が取れちゃいまして、以後お団子ありません。)

 

 

 

続く

↑リンク先、2日目

*1:曽我物語 (現代語で読む歴史文学)』西沢正史 (監修), 葉山修平 (翻訳)  勉誠出版

*2:曽我物語 (物語の舞台を歩く)』坂井 孝一 山川出版社